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不可謬な教え?

不可謬な教え?

「然り

教理省はこれを不可謬の教義だと宣言したのだ。

教理省長官のラツィンガ-枢機卿は『この教えは教導職が誤ることが出来ないものとして定めたのだ』と言った。」19951028日、疑問への回答



「本当に彼は不可謬にしたのか?

『教導職』は世界中のすべてのカトリック司教たちによる協同の教えを指す。

しかし司教団はこれを教義と教えたことはない。」



「一寸待って。

世界中の大多数の司教たちが女性たちは叙階され得ないと信じている。

彼らはこのことに関して教皇に追従しているが故に司教に選ばれたのだから当然であろう。」



「もう一度見て!

世界中の司教たちがこれを自分たちの信仰上の意見としているのかも知れない。これは共同見解として知られている。

共同見解とは教会の教えの見地から何の意味もない。

百年前には殆どの司教たちはまだ進化を受け入れなかった。当時世界は6日間で創造されたと固く信じていたのである!これが彼らの共同見解だったということではない。



「それでは何が共同見解となるのだろうか?

第二バチカン公会議は『司教は神によるカトリックの真理の証人として、すべての人から尊敬されるべきである』と言明しているのではないか?(教会憲章no25b



「テキスト前文を照合しよう!

第二バチカン公会議は述べている。『司教たちは全世界に散在している時であっても、相互の間とペトロの後継者との交わりのつながりを保持しつつ、信仰と道徳に関することがらを真正の権威を用いて教え、一定の教説を決定的なものとして認めるべきであると一致して述べるときには、彼らはキリストの教えを不謬に宣言するのである。』(教会憲章no25b

そのためには五つの条件が要求される:

  1.  司教団としての行動.
     司教たちは一つの団体として教導権を行使しなければならないのは明白である。
  2. 『判事』として
      司教たちは自分自身の熟慮した意見を述べるのに自由であるべきである。
  3.  全教会の信仰の奉仕のために
    司教たちは神のみことばと『信徒のセンス』に耳を傾けねばならない。
  4. 信仰と道徳に関して
     教えは信仰の対象に関した事柄でなければならない。
  5. 『決定的』なものとして意識的に決めた教えの中で
    司教たちは教説を決定的なものとして課すことを望まなければならない。     

これら五つの条件のどれも満たされていない!











「あなたはラツィンガ-枢機卿の意見に対して自分の意見を披瀝する?!

あなたは何を拠りどころにして自分の所見をのべるのだろうか?!」



世界中の第一人者の神学者たちがラツィンガ-枢機卿の不可謬性の主張を拒絶した。
.

  1. The Catholic Theological Society of America
  2. Nicholas Lash, professor of divinity, Cambridge University, UK
  3. Francis A. Sullivan SJ, emeritus professor Gregorian University Rome
  4. Elizabeth A. Johnson, C.S.J., professor of theology at Fordham University, New York
  5. Gisbert Greshake, professor of theology at the University of Freiburg, Germany
  6. Ann O'Hara Graff, professor of theology at Seattle University, Washington
  7. Peter Hünermann, professor of theology at Tübingen University, Germany
  8. Sidney Cornelia Callahan, pastoral theologian, USA
  9. David Knight, pastoral theologian, Memphis, USA
  10. Richard Gaillardetz, associate professor, University of St. Thomas, Houseton, USA
  11. Klaus Nientiedt, ‘How Binding? “Ordinatio sacerdotalis” unleashes debate on the Magisterium’, Herder Korrespondenz 9 (1996) pp. 461-466.
  12. John H. Wright, ‘That all doubt may be removed’, America 171 (July 30-Aug. 6, 1994) pp. 16-19.
  13. Fr. Joseph Moingt SJ, editor of Recherches de Science Religieuse.
  14. Hugh O'Regan, editor of the on-line magazine, San Fransico Bay Catholic.
  15. The commission on "Woman and the Church" of the Belgian Bishops' Conference









何故教導職に挑戦するのか よくなされる質問 次?
文化的変化 事実 歴史 真の忠実さ 信仰のセンス
フェミニズム? 不謬? 信憑性? 従順? 陰謀?
カトリック信徒の権利とは何なのか?
質問、提案、所見など?

固い殻の中には一体何があるのか

聖書からの論争

伝統からの議論

神学的論争

教導職

声を挙げる義務

これは一体全体何なのか

声を挙げる義務

これは一体全体何なのか

固い殻の中には一体何があるのか

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1 .キリストにおける一つの祭司職

2.司式する力を受けて

3.文化的偏見

4.女性は嘗て助祭であった

5.女性が叙階され得ることは教会の潜在的な伝統の中にある

6.他のキリスト教会は女性司祭を受け入れている

7.実は女性もまた司祭になるべく招かれている

何時も問われる質問を参照せよ


ジョン・ワインガーズ著『女性はなぜ司祭になれないのか』

John Wijngaards, The Ordination of Women in the Catholic Church, Darton Longman Todd, London, 2001, 204pp.

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