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非常に特殊で限界のある状況の下で、教皇は不可謬の賜物を持つ。即ち、もし全ての要求された条件が揃うなら、彼が教会の最高指導者として話す時、共通の信仰を持つ信者の共同体の公式スポ-クスマンは不可謬であることができると云うことである。「聖なる方から塗油を受けた信者の総体は信仰において誤ることができない。」(教会憲章§12a)Lumen Gentium §12 (a)
然しながら、不可謬性の賜物はあたかも教皇が教義と道徳の事柄で誤りを犯すことができないかのように度々誤解される。歴史はその逆を立証している。そして、教皇自身と教理省から成る現在のロ-マの教導職による行き過ぎの主張を考える時、残念ながら歴史上の事実を思い起こさなければならない。
色々な教皇が教えた教義についての誤りの例は以下のようなものがある。
教皇たちの裁可で犯された判断の間違えと不公正な罪悪の恐るべき事実がある。上記のリスト以外にも次のようなものを挙げることができる。
Raymond A. Lucker 司教が変更した教会の教義の65項目のリストを見よ。Bishop Raymond A. Lucker
ロ-マは語った ...忘れられた教皇の声明文への偽装と世紀を通して如何に変更されたか:Maureen Fiedler とLinda Rabbenn 共編:Crossroad, 370 Lexington Avenue, New York, NY 10017, 1998年出版 ISBN 0-8245-1774-1

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